「好き」の理由を、急いで完成させない

げんき?
なんとなく思い立って、春先から個人インスタグラムのストーリーをほぼ毎日15時台に更新している。
そんな中で「保存」のランクに上がった画像を見返しているわけで。
正直何が気になったのか、すぐには説明できない。
服の色かもしれないし、光の入り方かもしれない。
背景の薄暗さに引っかかっただけ、ということもありそう。
恐らく「自分はこういうものが好きなんだ」と早々に名前をつけたかったのが本音なのですが。
ミニマル。退廃的。クラシック。
便利な言葉がたくさんあるなと思う。
散らかった好みを整理してくれる。
そのはずなのに、整理した瞬間こぼれてしまうものがある。
ミニマルな服が好きなのに、装飾だらけのジャケットが気になる。
静かな音楽を聴きたいと思っていたのに、騒がしい曲を繰り返してしまう。
その例外を、好みが定まっていない証拠にしなくてもいいのだと思う。
むしろ、うまく分類できないものの方に、今の自分が出ていることもある。
なので「Log」には、結論ではなく観察を残しておきたいなあと。
なんとなくね。
「この服が好き」だけでなく、「袖が手に少しかかっているところが気になる」とか。
「いい曲」だけでなく、「声が入る前の数秒を、もう一度聴きたい」とか。
誰かに伝えるには細かすぎるようなことも、自分が見返すだけのためなら十分かなと。
しばらくして読み返したとき、別々だと思っていたものがつながるかもしれないし。
性格的に何もつながらないまま、興味がなくなっているかもしれないけどね。
それでも、そのとき気になったことまで間違いにはならないとも思うもので。
「好み」は「完成したプロフィール」ではなく、書き足したり消したりする記録でいいんじゃないのかなと思うわけでして。
……今日のところはまだ説明しきれないようです。
だからこそ、ここに残しておこうかなと思った所存でした。
Love ya。