恋、してますか。

してます?
とか聞いておいて、自分が聞かれたら途方に暮れるんだよな。
しているか、していないか。
短く返事を出せるはずなのに即答ができない。
気になる人がいることと、見かけるだけで浮き足立つ気持ちになる人がいることは別物で、同じ箱へ入れても良いのか未だによく分かってない。から。たぶん。
誰かと話したあとに、あの返事、別の言い方でも良かったかな、と考える。
それは普段からあることなんだけど、その人と話したところだけ何度も思い出していたら、気になって仕方がない。
自分が何を言ったかより、その人がどんな仕草をしていたかを思い返している。
会話はもう終わっているのに、まだそこから帰ってきていない感じ。
行き過ぎると反省会になるやつ。
「MBTIとラブタイプってなんですか?」
今日の何気ない会話。
職場にいる、ちょう可愛いママさん。年下だけど、とても優しい女の子。
素直に答えたら「心ひらいてくれてる?だいじょぶ?」だって。
打算が面倒だから素直に生きることにしているけど、戸惑わせることになるとは思わなかった。
「仕事とか、友達とかなら無条件でフルオープンです」と答えておいた。
素直ついでに言っておくと、恋愛が本当に不得手。
というのも、恋をすごく大きな出来事として考えていた過去が足を引っ張っているからであり。
会いたいとか好きだとか、言葉になる前の小さい変化に振りまわされて、遠心力で死にそうになった夜がいくつもある。バカ恥ずかしすぎる。
でも、毎日同じ道を歩いていても、話したいことが一つ増えていたら、その日の中にはもう少し違うものがあった。見つけた物への感動が、自分一人の範疇で見終わらなくなっていた。
これをあの人へ話したら、どう返ってくるだろう。
そう考えるだけで、何でもない物を少し長く見られていた。面白いかどうかを考えて、話すならどこから説明しようか、と考えた。結局話さなくても、その人へ向けて言葉を選んだ時間が残った。
勝手に一人分の席を用意して、その席へ相手が座ってくれるとは限らないのに、健気に。
自分で言うことじゃないけど、どうしようもなく可愛げのあるアホだった。
個人的に話したいことが増えたからといって、相手にも同じだけのバッファがあるわけじゃない。頭では分かる。もし返事が来たら、短い言葉にもいろんな意味を探してしまうだろうし。期待ってほんと働き者だよね。休んでていいのにさ。
当然のことながら、誰かを好きになると相手のことを知りたくなる。
何が好きで、何が苦手で、何が嫌なのか。ひどいときは一日中考えたりした。
それが「分析」ではなく「偏見の押しつけ」だと気づくのにだいぶ長い時間がかかった。
まあ徒労ではなかったけど。
自分のアホさをまざまざと痛感できたからね。
相手より自分の期待を見ていた。相手を通した自分ばかりを見ていた。
残念ながら。そういう性質があった。
こうだったら嬉しい、を、その人の気持ちであるかのように読もうとしてしまうクセはなかなか抜けなかった。
精々届くのは熱量に差のある一文だったりするのにね。
つらつら考えてみると、べつに恋をしている自分が嫌なんじゃないような気がしてきた。
ただ、好きな人を自分の理想像だけで固めようとしていた時期を振り返ると、どんだけ失礼なことしてたんだよと肩を揺さぶりたくなる。
格好良いところも、よく分からないところもある人。自分へ向けていない時間もある人。
そこまで含めて好きになれるかどうかは、対象のない今は簡単に答えられない。
好きって概念を先に完成させると、あとから知ったその人を、言葉や定義にあてはめようとしてしまうかもしれない。
やっぱりそういう性格をしている。本当に。自覚がある。
なので、個人的には「友愛」と「恋愛」にはほんの少しの段差がある。……と、思っています。
恋、してますか。
最初の質問へ立ち返ってみると、たぶん結論は「いいえ」。いっそテーマごと変えたほうがスタートラインに立てるまである。
恋、していたいですね。
Love ya .