ピカチュウのえさ

げんき?
お使いのデバイスは正常です。安心してね。
本日は「ふと頭をよぎる言葉」について。
ピカチュウのえさ。
酔っぱらって、いいかげん眠いというころに、この言葉が頭をよぎった。
何の話もしていなかった。
少なくとも、ピカチュウの食生活について考えるような流れではなかった。
それなのに、頭の中では妙にはっきり発音されていた。
ピカチュウの、えさ。
区切りまである。なんなん。
眠気に浮かれた自分の横で、まだ少し冷静な自分が考える。
あの子は何を食べるんだっけ。
その答えを知りたいのかどうかも、よくわからない。
間違いなく、調べるほどではない。
でも言葉だけが居座っている。
眠ろうとしている頭の片隅に、急に小さな飼育当番が発生している。
こういうことが往々にしてある。
プレタポルテ。
ポカホンタス。
コロポックル。
ペトリコール。
バッファ。
ガバナンス。
圧倒的に横文字が多い。
意味を説明できるものもあれば、音だけよく覚えているものもある。
どこで聞いたのか、いつ覚えたのか。
そのあたりは曖昧なのに、口に出したときの感じだけは妙に鮮明だ。
プレタポルテ、と頭の中で言うと、少し気持ちがいい。
意味に用事がなくても、音には用事があるのかもしれない。
Y2Kなんかもそう。頭の中で急に再生される。
YDKなら意味も言えるし何のCMかも言えるのに、よりによってY2K。誰。
今そこで再生されても、特に使い道はない。
誰かに言うほどのことでもないから、ひとりで一度聞いて終わる。
便利な世の中なのだし、日がな一日PCを使う仕事してんだから調べれば良いんだけど。
脳トレ的な意味も含めて、思い出せそうな単語はギリギリまで思い出そうとしてみたりする。
そのくせ、必要なときに限って必要な言葉が出てこない。
さっきまで話していた人の名前。
店の名前。
買おうと思っていたもの。
説明の途中で、いくつかの一語だけが抜け落ちる。
どんな店だったかは覚えている。
どのあたりにあって、誰と行って、何を頼んだかも言える。
名前以外の情報が、周りで待機している。
「ほら、なんだっけあれ」
相手も知らないあれを探すことになる。
そこへまた「ピカチュウのえさ」が来る。今じゃない。
必要なものから順番に出てきてくれれば、こんなに楽なことはないのに。
自分の記憶なのに、呼び出し方がわからない。
出てこなかった名前は、諦めて別の話をしているときに、急に出てきたりする。
遅い。
しかも、出てきたときには少し得意げな感じさえある。
もちろん得意げなのは自分なのだけれど。
頭の中で、何が残り、何が消えるのか。
自分のことなのに、管理している感じがまったくしない。
毎日入ってくる大量の言葉がどこかで濾されているのだとしたら、あのフレーズは何を通過して出てきたのだろう。
重要度でも、使用頻度でもなさそうだ。
響きがよかったのか。
初めて聞いたときの場面が強かったのか。
別の言葉とどこかでつながっているのか。
何か理由はあるのかもしれない。
でも、その理由まで一緒に出てきてはくれない。
考えているうちに、今度は「濾す」という字が気になってくる。
読める。
意味もわかる。
何なら、何も見ないで書ける。
そして多分、「フィルター」という単語が必要なときにかくれんぼを始める。
こうして話が進まない。
忘れることは意外と必要なことなんだけど、有事の時にかなり困る。
人の心が大きく揺さぶられるときとか、特に。
まあその話は追々として。
何も言えない自分にも焦るし、自分の記憶を信用できない日は少し心細い。
必要なときに必要な言葉だけが出るような、情報が整然と残る頭になったら、この妙な可笑しさもなくなるのだろうか。
何年も会っていない人の口癖。
昔のCMの短い音。
使う予定のない言葉。
何の役に立つのかわからないものが、自分の中に山ほどある。
それが出てきた拍子に、忘れていた場所や時間まで思い出すことがある。
言葉ひとつを拾ったつもりが、その隣に記憶が付いてくる。
覚えていたいと思っても忘れる。
だからノートに書いてみたりする。
意味がわかってから残そうとすると、たぶん、その前に忘れてしまうと思って。
けど、書くと覚えた気になって、結局忘れている。
覚えるつもりのなかった言葉が何週間もあとになって出てくる。
自分の記憶には、自分の希望があまり通らない。
考えると余計に出てこないから、考えなくても適切な言葉が出てくるように訓練した。
頭の中に「エマージェンシーワード」みたいな言葉を編纂した辞書はまだ格納されていない。
どちらかというと付箋がいっぱいある感じ。
あちこちに貼られていて、たまに一枚はがれる。
拾って読んでも、なぜ書いたのかわからない。
日付も出典もない。
字だけは自分の字なのにね。
ピカチュウのえさ、とだけ書かれた付箋も、一応残しておく。
これを読み返した未来の自分が、また「何を食べるんだっけ」と考えるかもしれない。
「このサイトには全部を置いていく」と宣言したけど、答えは書かないでおくね。
今度会ったとき教えて。
Love ya。